想像する原点

今はデジタル化の普及で鮮明な音源や動画を楽しむことが出来ます。 私が小学生の頃はまだ昭和終盤の10年に重なっていたのでEP, LPレコードで聞く習慣が少しあり、その後CDが世に出回り始めて、小遣いを貯めてJpop歌手のCDを買って何度も聴いて楽しんだ記憶があります。

2000年を迎えて航空機が民間も自動操縦機能が広まったのを始め、自動車にGPS を利用したナビゲーション機能が広まり、今では自動車も自動運転をかなりの段階まで可能になる所まで時代は進んでいるとも言えます。

クラシック作品を演奏したり楽しんだりする際にも、1960,1970年代の演奏や巨匠と呼ばれる演奏に触れることもあります。 テンポ感覚には悩まされることもあります。LP時代の録音技術が未熟だったことや、リハーサルを記録録音したものを平成になってからお蔵入り音源発掘として流通させたものなども含まれているので 、中には録音状態や環境があまり良くなく、聴くに耐えられるかぎりぎりの音源も中にはありますが、ドビュッシーラフマニノフ本人の演奏に触れられる歴史的な意義を含むものもあります。

録音が残っている1900年代中期頃はこんな演奏をしていたと参考にすることもありますが、あまり厳密にそのスタイルに寄りすぎたりしてしまうとテンポ感覚の違いが出てしまったり、ピッチも不明瞭な音源も多いので鮮明な現代版に頭のなかで置き換えたり、修正が必要と感じることもあります。

いずれにしても時間を越えて7,80年前の演奏や音楽家たちの息吹や、時代の空間を感じることができるのも音源の魅力になるのでしょうね。

録音によっては低音域が鮮明でなく、中音から高音域は録れているものもあり、その辺りは頭で想像する原点になることかもしれません。

楽譜を開いて読み込む時に頭で必要とされる要素に近いことかもしれません。